・・・つまらない、過去の話をしてみようか・・・
・・・ワオーーーン・・・ワオーーン・・・
悲しみにくれる、何かの鳴き声。
その頃、その声はいつもいつも泣いていた。
・・・ワオーーーン・・・ワオーーーン・・・・・
目覚めの時
あの日は・・・どうだっただろうな・・・。
月が、出ていただろうか。
覚えていない。
目覚めると、眠る直前に目に焼きついた高い天井。
聞きなれたコウモリたちの高い声。
自分がどのくらい眠っていたのか・・・。
決して1日とかそんなものではない。
けれど、永い永い眠りについていた。
それだけは、感じた。
その時、聞きなれない野犬かなにかの声が耳についた。
外からではない。
一つ一つの音がくぐもり、狭い場所でいくつもの障害物にはじかれたような声だった。
この城の周りには、今も昔も、森や海、墓地の他は何もない。
どう考えても、私の眠っていた城のどこかから聞こえていたのは明白だった。
あの時、私の目覚めに気付き、幾人かの家臣たち、そして多くのコウモリたちが私の周りに集まった。
懐かしい顔ぶれに、あのときの私は、何の懐かしさも、幸福も感じてはいなかった。
いや、そんなものを、私は知らなかっただけなのかもしれない。
*************
「おはようございます、ユーリ様」
「・・・ああ。・・なんだ、聞き慣れん声だ・・・。」
白い肌によく映える血色のよい唇がささやくように動いた。
名を、ユーリ。
黒く輝く城の城主。
女人のような美しい容姿を持ちながら、冷淡な心持の彼は、ヴァンパイアという種族。孤独な存在。
しかし彼には、本能に従う者、彼の強さに屈服した者、彼の何かに魅かれる者・・・
ヒト族であったり、魔獣と呼ばれる獣であったり、とかく多くの従者がいた。
そのうちで、特にコウモリたちの長とでもいうのか、ユーリが眠りにつく前からずっと傍にいる老コウモリが一番に駆けつけた。
ヒト族とは違い、コウモリたちは自分たちの使う「言葉」というものを持たない。
超音波と呼ばれるヒト族の者には感知できない、空気の振動によって、ユーリと話をする。
まだぼんやりとする頭をかかえ、ユーリは老コウモリに問う。
目覚める直前、闇の中に身を寄せていた時分から聞こえ続ける野犬の声。
「狼にございます」
「狼だと?」
ユーリには覚えがなかった。
いくら自分が周りに興味を示さない性格だとしても、生きた年月はそう短いわけでもない。
嫌でも、ユーリは仕える者達の存在を覚える、余裕と知力があった。
しかし、狼を仕えさせた覚えはない。
自分が生まれる前には、狼男という種族がヴァンパイア一族に忠誠を誓い、棺おけの番をしていたそうだが自分の頃には特にそういう関係はなかった。
まして狼自体は動物性が強くて、仕えるということには不向きだ。
永き眠りの間、世代を超えざるを得なかった者たちも少なくないだろうが、世代を交代する間にいきなり狼が出ずることはないだろう。
「いつからだ?」
「数週間ほど前から・・・壱月は経っておりません」
そう伝え聞くと、ユーリは今まで眠っていた棺おけから身を離し、今まで小さくたたんでいた赤黒い翼を一度バサっと広げた。
足を下ろした廊下は埃など微塵も見られない。
主人がいつ目覚めても良いように。
世代を超えざるを得なかった多くの種族達が、次の世代へ次の世代へと繋いだ仕事だ。
彼も、それが当然だという姿勢で歩き出した。
周りの者は、そんな主人の変わらない姿に静かに微笑んで道をあけた。
「地下牢にございます」
老コウモリも一定の距離を保ち、ユーリとともに従者の道を行く。
彼のその足が、彼のプライベートルームやどこかではなく、声の方向へむいているのを感づいているのである。
「フン。私の城へ無断で入るなどとは、いい度胸だ。その顔を拝んでやろう」
何を考えているのか、ユーリは子供のようにワクワクとした表情で歩いていた。
老コウモリの記憶が蘇った。
200年前、眠りにつく直前の主人の顔を。
それは、退屈と孤独に、ついには疲れ果ててしまった、なんともいえぬ哀れなヴァンパイアの横顔だった。
何百年と生きたのかは知らなかった。しかし、彼は疲れ果てていた。
何もない。誰もいない生活を、ただ生きるだけの彼の人生は、どんなに退屈だったのか。
そして、この先、自分がどれほどの長い年月を、このまま過ごさねばならないのか分からない、その不安と憂鬱。
耐え切れなかった末に、ついに眠りについてしまった。
それが、今一度目覚め、今、彼は微笑んでいる。
もしやその狼を殺してしまうかも知れぬ。
残酷なことを考えているのかもしれない。けれど、老コウモリは初めて見たのかも知れない主人の笑顔を喜んだ。
何も聞かず、老コウモリは自分の主人を地下牢へと誘導した。
***************
ワオォーーン・・・キュウゥン・・・
泣き続ける。
鳴き続ける。
それは飽きることもなく、耐えるはずもない。
前へ前へ、ユーリが200年ぶりに廊下を踏むその回数が増えるたび、初めて聞く声の記憶も増える。
そして、声も大きくなってきた。
ただ、地下は暗い上に、牢はいくつもある。何しろ、地下はほぼ全て牢屋でなのある。
「灯りを持ってまいりましょうか・・・」
手元の明かりだけでは不十分だと、老コウモリは提案した。
しかし、ユーリは全くその提案を受け入れる気配もない。
「良い。近いぞ。一番奥かもしれんな。」
ヒト族にくらべれば、ヴァンパイアは遥に暗闇に強い。
コウモリに比べれば能力は衰えるが、灯りは必要ないらしい。
とりあえず一番奥へ向かうようで、ユーリは足早に暗い廊下を単調な靴音とともに進んだ。
ワオーーーン・・・ワオーーーーンッ・・ワオーーーンッ
呼んでいるのだろう。
誰かが来た、と分かっているのだ。
どうやってここにきたのかは分からないが、どうやら何かに対して恐怖を覚えたり、警戒したりはしていないようだ。
ユーリは足を止めた。
最後の牢屋にたどり着いたのだ。その牢屋は、一番奥、一番大きな牢屋だった。
「キュゥウン・・・クーーーン」
牢屋に近づいたユーリの足に、擦り寄ったようだ。
しかし、どうも目線の先には何も映っていない。
暗闇と、牢屋の暗い地面の土が見えるだけだ。
「・・・?」
しかし、存在は確かにそこにある。
ユーリはかがんで、更に目線を下ろした。
「・・・随分、幼いようでございますね」
老コウモリは、少し驚いた様子で言った。
主人の目線の先には、主人の顔よりも小さい狼の仔がいるのだ。
城の地下から城の最上階である主人の眠っていた部屋まで響くほどの声で、何週間も鳴き続けるものだったので、大きさもそれなりの狼だと思い込んでいた。
その為に自分たちが餌食になってしまうことを恐れて、地下に下りることを渋っていたというのに。
「クゥ・・ン・・・キュウウウ・・・」
どうしたのか。
小さな小さな狼の声が突然かすれだす。
しっかりと4本の足でユーリの足元まで歩き、目の前に見える黒いズボンの裾に前足を伸ばしていたというのに、気付けば座り込んでいて、前足で身体を支えるのも辛そうだ。
ユーリは手元の灯りで狼の仔を照らした。
ところどころで茶色い毛が赤黒く固まっている。怪我をしているのは一目瞭然だ。
そして、ただ事故で怪我をしたにしては、残酷な傷であった。
どう見ても人為的につけられた傷である。
ユーリは何かに取り付かれたかのように、弱りきった様子の狼に両手を伸ばした。
後ろではキィキィと老コウモリが鳴いている。危険だ、と言っているのだ。
その警告の言葉もユーリは受け入れずに、狼の仔を持ち上げる。
「・・・重いな・・・」
ユーリは狼の仔の異常な重さに驚いた。
それもそのはずだ。
よく目を凝らせば、ギラっと光る鎖が見える。広い牢屋のずっと奥から繋がっているようだ。
その鎖は仔狼の首にかけてある足かせに繋がっている。
こんなに重い鎖を引きずって、入り口まで歩いてきたのだろうか。
それ以前に、こんな重いものを首から下げて、狼の子供・・いや、赤ん坊と言ってもいいだろう。それが、首を持ち上げていられるのだろうか。
ユーリはふと思い出した。
「・・・狼男の仔なのか?」
「きゅぅん・・・」
ユーリが問うと、狼の仔は、まるで頷くように小さく鳴いた。
狼男は、多く存在する生命体の中で最も怪力に優れる種族なのだ。
幼い狼であるのに、鎖を引きずって首を上げていられる理由を、ユーリは納得した。
そして、人為的な傷の理由も大体察しが着いてしまった。
数週間鳴き続けた、その狼の仔の疲れきった姿が、ユーリの目に再び映る。
暗闇の中、たった独りで孤独と痛み、鎖の重さに絶えて、助けを求めて叫んでいた仔狼は、両手に乗り切ってしまうほどの大きさだ。
「こんな小さなお前が・・・」
・・・『孤独』を背負ったのか・・・・
孤独に時間の長さは関係ない。
何百年と孤独の中に生きたことで得たたった一つの真実。
その上、身体的な痛みが伴っていたとは、自分の想像を絶する『恐怖』。
ユーリは、冷たい牢屋の鉄柱越しに、その狼の仔を抱いた。
「!・・・」
途端である。
狼の仔の身体が弱い光に包まれた。
ユーリの周りで、老コウモリは慌てた様子で警戒するようにと鳴き叫ぶ。
その光は淡くなって消えうせると、ヒト族の子に酷似した姿が現れた。
幼い故に、耳や尻尾は狼のままだが、身体の大きさはしっかりヒトの姿に変わっている。
ユーリは、じっとして動かない胸の中の赤ん坊に戸惑った。
静かにその顔を覗くと、あどけないヒトの子の顔がその眼を閉じ、一定のリズムで呼吸を静かに繰り返している。
「・・・さすがは獣だな・・・・」
「は?」
ユーリがポツリと呟くと、老コウモリは首をかしげた。
「・・・“あたたかい”・・・」
「・・・・」
老コウモリはその時、本当に初めて、冷淡なはずの主人の微笑を見た。
こんな暖かい想いを持てる主人だと知って、永い間、仕えていたというのに・・・
その時、老コウモリは奇跡が起こったような気さえした。
>>>後書き
Dueilの設定話を書こうと思い、ついに筆を執りました(笑)
。。。老コウモリ邪魔だな・・・。(←問題発言)
とりあえず、アッシュとの出会いはこんな感じで。
次はスマイルとの出会いです。
めっちゃ適当なんですよね、これがまた。(笑/・・えない)
よろしければお付き合いください。
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