拾ったんだ。仔犬を。
笑う包帯男
暗い城の地下で、この城の主・ユーリは、一匹の狼男を拾った。
狼男と言っても、そもそも体は大きくないユーリの腕に納まってしまうような赤子で、狼の姿だと、手にすっぽりと納まってしまう。
その姿は、どうしても狼などというものには似つかわしくなく、仔犬以外に表現のしようがなかった。
今はまだ、ユーリの腕の中ですやすやと寝息を立てて眠っている。
ヒトの姿をしてもなお、仔犬の表情を見せる狼男に、ユーリはなんだか身体の芯から温まるような感覚を覚えた。
「・・・・・・・・。」
これほどまでに小さなものに、ユーリは何かを感じていた。
大きな生命力、生きようとする意志の強さ・・・そういうものなのかもしれない。
ヴァンパイアという死とは縁の遠い種族に生まれたユーリにとって、彼の存在は眩し過ぎるほどの光。
私も、生まれたばかりの頃は『こう』だったのだろうか・・・
今はもう生きることに疲れて、ただ眠るだけの毎日で・・・。
早く、死が私を迎えに来てはくれないか・・・と・・・そう・・・ただ願う毎日で・・・。
今はもう、確かめることの出来ない、遠い遠い過去の話。
思い出せるはずもない、過去の自分。
生きることが楽しかった・・・そんな日はあっただろうか・・・?
生きることに、一生懸命だった・・・そんな事はあっただろうか・・・?
今まで、そんなことを考えたことはなかった。
そんなものこそ考えるのは無意味なことだと知っていた。
・・・故、考えることは放棄して、彼は眠ったのだ。
「―・・・リ様・・・ユーリ様・・・」
ふと、老コウモリに呼ばれ、ユーリははっとした。
珍しく、心ここにあらずな主人を心配し、恐れ多くも声を掛けたのだ、と老コウモリは謝罪をする。
「・・・なんでもない・・・それより、部屋を。」
「・・・は?」
突然の主人の言葉に、老コウモリは驚いた。
「部屋だ。私の寝室の隣の部屋を、コイツに与える。直ぐに使えるだろう?」
「・・・は、はい。直ぐに、赤子が過ごせるように準備いたしましょう。」
老コウモリは、少々苛立ったような声で要請をするユーリに慌て、急ぎ返事をすると、すっと静かに闇へ消えた。
ユーリはその姿を見送ることもなく、不慣れな抱き方で赤子を抱いたまま、その顔を覗き込んだ。
「・・・・お前に、部屋をやる。好きに使うがいいぞ」
言葉を理解できるかどうかはどうでもよくて、否、それでも通じているのだと信じ、ユーリはその赤子に話しかけたのだった。
「・・・すぅ・・・」
聞こえたのか、少し身体を動かし、その手の中の赤子は寝息を立て続ける・・・。
******
長い階段を地下からゆっくりと上る。
抱きなれない赤子を、揺れなどで起こさないように。
そうして目的の階に足を置き、そこからは長い廊下を歩く。
自分の寝室は、永き眠りの間とは違い、大きな窓と広い世界を見ることの出来る部屋。
隣の部屋も同じようなつくりで、ヒト族のものでも好んで暮らすような部屋だ。
階段を中心に翼を広げるように廊下が伸びている。
それを左に行くと余っている部屋が2つ。
反対側にも2つ部屋があり、奥にユーリの寝室、手前が赤子に与える部屋だ。
しかし・・・部屋にたどり着いたところで、妙に中が騒がしい。
準備をしておくんじゃなかったのか・・・
ユーリは少し苛立ちながらも静かに開け放たれた扉に一歩踏み出す。
「・・・何を騒いでいるんだ、お前たち」
「ユーリ様っ・・・!」
大きなベットの周りに箒や雑巾を持ったまま騒いでいるメイドたちに声を掛ける。
黒を基調としたフリルの付いたスカートを翻し、メイドたちは驚いた顔つきで振り向いた。
途端、黙れ、と静かに瞳で訴えられ、メイドたちは口を押さえた。
「・・・申し訳ございません・・・その・・・見知らぬものが・・・」
メイド達は困った顔つきでユーリに道をあけた。
ユーリがベットに近づくと、メイド達はユーリの背に隠れるように、その背中を囲む。
・・・と、なにやら青いものが転がっている。
ヒト族の男にも見える。・・・が、少しの魔力を感じる。
うつ伏せで、顔はすっぽり枕に埋まっていて、息をしにくいんじゃないだろうかと思わざるをえない。
まるで死んだようにベットに倒れこんでいるが、体は大きく息をしているし、寝息もしっかり立てている。
少し露出した肩には、包帯がグルグル巻き。
怪我でもしているのか・・・それとも何か、別のモンスターか・・・。
とにかく、ユーリの眠っている間に勝手に城へ侵入し、勝手に部屋を占拠し、結果、赤子の寝台を奪っているという見解に、なんの誤りもない。
ユーリは片手で赤子を抱きながら、もう片方の手をワナワナと震えさせた。
「・・・・おい。」
「はい?」
ユーリは怒りのこもった声でメイドたちに声をかけると、不機嫌そうな瞳で振り返り、青いものに向かって指をさした。
「どかせろ」
「はっはい!」
主人の機嫌の悪さに、メイド達は急いでベットの右側へと移動する。
ぐっとシーツを握り、せーの、と小さく掛け声をすると・・・
ドターーーン!!!!
「ぎゃっ!?」
阿吽の呼吸でひっくり返されたシーツ。
その上に寝転がっていた青いものは、見事に上布団と一緒に床へと落ちる。
ユーリは赤子を抱いたままソレが転がった場所へ歩み寄ると、腰を打ったらしく、涙眼で腰を擦る青いモノをにらみつけた。
「・・・あ。」
それに気付いた青いものは、マズイ・・・といった表情で、ユーリを一瞬見て頭をかいた。
「・・・やっと起きたんだね〜、城主サマ」
青いものはそう言って、狐目で笑った。
立ち上がって、ユーリの前に立つ
・・・と、意外に背が高く、ユーリより20センチは高いことに驚かされる。
細身の身体の所為か、小さく感じたのだが・・・。
ユーリは、下からずっと目の前の青いものを見た。
明らかにサイズの合ってない靴。
長い茶色のコートを着ているが、センスのかけらもない上にかなり暑そうだ。
長い裾にはドン、と十字が刻まれている。
だがしかし、よく見れば上半身は服も着ずに、包帯を巻いているだけ。
コートも無駄にはだけている。
何故か袖は短めで、腕にも包帯がぎっしり・・・。
大きくてぶかぶかな手袋をはめて、まったく、どこまで露出を嫌うんだ、というような格好だ。
首はかなり細い。
よくこの頭を支えてられるな、と感心するほどだ。
顔色はすこぶる悪い。真っ青だ。
やはりミイラだろうか。
顔は右半分を包帯で隠している。
瞳はモンスター特有の赤。
そして、耳が尖っていない事から、この赤子のような獣系のモンスターではなさそうだ。
怪しい、としか言いようがない。
不信がって、じっとその姿を見ていると、目の前の青いものは困った顔で苦笑いをして見せた。
・・・というよりは照れ笑いのようだ。
「そんなに見つめないでよ〜、ボク照れちゃうよ〜。まぁ、ボクっていい男だものねっ」
「・・・・」
ユーリは無言でその男を見た。
「とにかく、即刻出て行け。ここはお前のようなものがいる場所ではない」
ふと、口をついた言葉に少し驚いた。
出ていけだと?
逃がすのか、自分の姿を見た余所者を。
眠りにつく前の自分なら、吊るし物にでもして日々腐っていく姿を観賞していただろうが、そんな気が起こらなかった。
<あきれた>
そう、つまりはそういうことなのだろう。
こんなヤツには初めて会った。
どの種族のモノも不老不死のヴァンパイアという種族を求め、そして恐れ、決して関わろうとはしなかった。
そんな自分に、この態度か。
私も堕ちたものだ・・・
そう心で呟く。
ふと、手に抱く暖かいものの存在を思い出す。
重い枷を身につけた赤子を抱き続けるのも、そろそろ疲れる。
ヒトではないとは言っても、赤子の状態でこの枷をしていては辛いはずだ。
早く寝かせてやらねばならない。
「あれ、下で鳴いてたワンちゃん?連れて来たんだ」
赤子に目を奪われている間に、自分の目の前で青い男は共に赤子を眺めていた。
気配すら感じないほど無防備な状態に陥っていたらしい、ユーリは感じたことのない感覚に襲われた。
こんな状態でヒト族の前に立ったら、一瞬で灰にでもされたところだっただろう。
<灰に>
死を受け入れたいと待ち焦がれる私がか・・・?
何かがおかしい。
私はどうしたというのだ?
「飼っちゃうの?」
飼う?
飼う、そういうことになるのだろうか?
傍に置こうとは思ったが、飼うと言うと何か違う。
「タイヘンだよ〜、狼男はヒト族の血が濃いもの。花の世話より手がかかるよ〜」
頭上からやかましい。
青い男は口を閉じようとはしなかった。
「貴様、そろそろ黙って去れ。逃がしてやろうというのだぞ、私は忙しい。」
忙しいなどという言葉は初めて使ったな、などと思いながら、ユーリは青い男を冷たい瞳で睨む。
「ええー?どうして?ボクも仲間に入れてよ、この子育てるんでしょ?」
「・・・・」
空気がとまった。
何を言っているんだ、この青いものは。
この空気の変わりように、青い男はまるで気がつかないという雰囲気で、またしても口を開く。
「ボクだったら少し知識があるよ、絶対役に立っちゃうって」
「・・・いい加減黙れ。」
翻弄されながらも、ユーリはやっと口を開いた。
この一言にビクリと肩を震わせたのは周りにいたメイドたちだけだ。
「ヒト族の育て方なぞ、探せば知っているものもいる。貴様の手はいらん」
「そう?じゃぁ、これなら?」
「!?」
ユーリの言葉にニヤリと微笑んだ青い男。
パチン、と指を鳴らすと、数名のメイドたちが一瞬にして姿を消した。
具体的に言えば、消えてしまったのは数十名いたはずのヒトの血を分けたものばかりだ。
ユーリは振り返り、青い男を見た。
「貴様、何をした・・・」
ざわざわと空気が弥立つ。
それを感じ、化けコウモリのメイドたちはあわててコウモリの姿に戻り、その部屋を出た。
「ヒトの世界へ還してあげただけダヨ」
青い男は相変わらず気味の悪い狐目でニッコリと微笑む。
「これでボクが必要になったね」
「・・・・」
ユーリは言葉を失った。
今、目の前で微笑むこの男は一体なんなのだ。
魔力はそれほど感じない、自分のほうが上だ。
なのに・・・
「ねぇ、決定デショ?ボク、ここにいてOK?」
狂気を感じた。
侮れない。
「仕方がない、いいだろう」
ユーリは赤子を軽く抱きしめ、そう言い放った。
青い男は、屈託のない笑顔を撒き散らし、やったネ!と一言、歓喜の言葉を上げたのだった。
to be…
あとがき
スマイル怪しいヒトすぎ!
ユーリ様最強伝説早くも破れる!(汗)
ギャグテイストの予定がまさかの奇怪小説に・・・。
次からは恐らくギャグになるかと・・・
赤ちゃんと二人のパパの子育て奮闘気、お楽しみに〜♪
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